なぜ、日本から北西太平洋諸島連合へ変化しなければならないか?

文二

2011年07月12日 08:36

それは、日本という文化から来る“悪意”のせいで日本人は苦しめられているからである。不安になっているからである。日本人同士が、日本という文化の発想法に染まったせいでお互い傷つけ合っている。外国を差別している。島国で孤立している時代は、批判の論拠さえなかったから日本文化は存在していたが、外国(特に民主主義国家)と比較されたり、その感性が流入すると、日本人に害を受けてきた日本人は全く我慢ができなくなった。あたりまえである。日本国という称号が成立したのは701年である。こんな昔の国号を今でも使っている国は、日本ぐらいだろう。同じ称号が使われているのは、全く反省して根本的に変革した歴史がなかったことを証明する。悪意が満々と満ちているのである。依存と癒着が美しく、ファシズムが正しい社会というところまで到達してしまった。
ブログに載せた「大量に移民の受け入れを」という文にアクセスが全くなかったところを見ると、まだ本気で改革する気がなく、周辺国に被害を与えながら(原発事故の影響も与えるかもしれない)国民全員で“心中”しようという「病気」が治っていないと思える。日本文化は島国で孤立していたせいで、世界の文化の中で切磋琢磨されて鍛えられて育った説得性のある文化では全くない。特に、まともな宗教が無かったせいで親子関係は異常である。正しい愛のある親子関係をつくるという文化でなかったせいで、日本人と呼ばれている人達は全く(日本人同士でも)信頼性のない人達になった。
最後の手段は、英語と日本語を公用語、韓国語と中国語を第2公用語として、グローバルな人達の参加と協力を求める手段を使い、倫理感があって民主主義のある多民族国家社会になるしかない!!日本人は、北西太平洋諸島連合国家の1民族という構成になり、なおかつ日本人から「北西太平洋諸島連合“人”」へと変化して下さい!(このとき、中央集権から地方には外交権の大半を委譲した分権も必要。地方に政策立案能力と学問・教育形成能力を。地方都市大書店設置補助法の成立。偏差値中央集権階級主義の終わり。)